第3話




『みんなで遊びに行こ! 今週の日曜!』

 その一言をきっかけに、今日のメンバーが集まった。巻島、田所、、そして今回の発案者である夏野。四人が並んでいるのは、ジェットコースターの待機列だ。前列には夏野と田所。後列にはと巻島。夏野が選んだ場所は、キサラビアという遊園地だった。

 最初に選ぶ遊び先として遊園地はハードルが高い。そう伝えるに対し、夏野は「いやいや、最初のほうがいいって! 知らないこと多いから待機列で話尽きないしさ。お互いのこと、わりと知っちゃってると、かえって無言になるし。ま、とあたしは別だけど、それは女同士だからってのもあるしねー。あ、あと単純に、あたしが行きたい」と返した。おそらく遊園地を選んだ主な理由は後半に凝縮されているが、そのこともあってか、準備のほとんどを彼女が済ませた。全員の連絡先を共有し、入場券を人数分確保し、集合時間と場所を設定し、前日には念押しの連絡も入れている。

 そんな彼女に興味がわいたのか、今日の田所は夏野とよく会話をしている。内容は、他愛もないことだ。あんパンはこしあん派かつぶあん派か。

 その後ろで、口下手な巻島は落ち着きのない振る舞いをしている。何かを言いたげに唇を舐めたり、手を組み直したり。も、数秒間に一度、髪を耳にかけている。

 「えっと……天気がいいな」

 先に声をかけたのは巻島のほうだ。は、自分が話しかけられていることに一瞬気づかなかった。はっとして、空を見ると、今日は雲ひとつない晴天だった。頷いて、巻島に微笑みかける。つられるように、巻島も自然に目を細めていた。ふたりの会話は続かなかったが、そのやりとりだけで、心地よい沈黙が続いた。だんまりでも、居心地の悪さはまるでない。ふたりは前方の人群れを眺めながら、ゆっくりと列を進めていった。

 後方から何も聞こえてきていないことに気づいた夏野は、

 「ちなみにふたりはこしあん派? つぶあん派?」

 と話を振った。突然聞かれた巻島とは、キョトンとしたあと、柔らかく笑った。夏野が今日のことを提案したときと同じようなシンクロ具合だ。その表情と雰囲気は、まるで幼い我が子を見守る父母のよう。

 「オレは……どっちかつうと、こしあんだな」

 同調するようにが頷く。田所は「つぶあんのほうが食った感じするじゃねーか」と一人つぶあん派として戦っていたが、そうこうしている間に順番が来た。

 乗り物の名前は『ふんわりサイクリング』。飛行機のような形をした機体が、上下にふわふわと揺れながら回転している。機内のペダルをこぎ、回転数が高いほど上空へ向かう仕組みだ。ペダルを漕ぐのを止めるとゆっくりと降下する。

 「ふたり乗りだって! 自転車部でどれくらい早く上がるかも見たいけど、田所くんと巻島くんでふたり乗りは狭そうだね」

 「よォし巻島、勝負だな」

 「スプリンターと初速で競うのは不利っショ。でも……頂点は譲らねェ」

 揃って口角を上げる男たち。

 嬉々として機体に乗り込む彼らを追いかける夏野と

 夏野は田所と同じ機体へ向かいながらの背中を押して「楽しいね」と声をかけた。は照れ笑いを浮かべて大きく頷くと、巻島の隣へと腰掛ける。

 「思ってたより近いな……」

 巻島が小声で呟く。には聞こえないほどの声量だ。細身の彼でさえそう感じるため、前方にいる田所と夏野の肩はぶつかっている。少し距離がある後方からでも分かるほど、彼女の耳は赤い。田所は勝負へ意識を集中させているのか、気にもとめずペダルの様子を確認している。巻島は苦笑しながら同じようにペダルに足を乗せて感覚を確かめた。爪先の位置を目視すると、の太ももが視界に飛び込む。彼女はショートパンツにクルーソックスとスニーカーの出で立ちだ。インドア派のせいか、色白の脚が太陽にまぶしく反射している。思わず目をそらして前方を見ると、田所が「おい巻島ァ、集中しろ! スケベ!! ガッハッハ」と指をさして笑ってきた。うるさいショ、と真っ赤になって返した瞬間、機体が動き始める。勝負となるとスイッチが入るのか、ふたりは急に顔つきを変えて勢いよく漕ぎ始める。

 「わ、わ、わ! 田所くんスゴイ!! あたしの足までマンガみたいになってる!」

 二組のペダルは、隣のペダルと連動している。力を入れずとも、足元がぐるぐると目紛しい回転を見せ、それにつられてしまう。県内トップクラスのスピードを体感して興奮と驚きでいっぱいの夏野は、満面の笑みだ。は足を踏み外さないように一生懸命で、口が少し半開きになっている。

 両者の機体は、ほぼ同時に頂上へ到達したものの、ほんの少し巻島が遅れた。田所はしてやったりな表情で振り向き、「ガハハ、オレ様の勝利だな!!」と拳を上げた。

 「悪ィな、負けちまったっショ」

 は首を何度も横に振り、巻島のせいではないことと、ペダルの速さを体験できたことの興奮を早口で語った。何度もスゴイ、早い、楽しい、興奮した、と話すに、巻島は圧倒される。普段はあまり話さず、絵を描いている彼女からは想像できなかったのだろう。そのこともあってか、彼にしては珍しく

 「楽しかったンなら、よかったな」

 と素直に笑った。

 一度頂上につくと、軽く漕ぎ続ければ高度を保てるようで、ゆっくりと空中散歩を堪能した。時折わざと足を止めて下降したり、ふいに強く踏み込んで再び高度を上げたり。そうしているうちに、徐々に機体が地面へと向かい、停止する。ベルトをほどき、出口へ向かう四人。

 「なんか腹へったな。巻島、さっき勝ったからあのチュロス奢ってくれ」

 「ハァ!? ……ったく、自分で買えっショ」

 そう言いつつも売店に並び、二本入りのチュロスをふたつ購入し、そのうちのひとつを田所へ手渡す巻島。

 「オレとお前で半分、って全部食べてんじゃねェっショ!!!」

 「あ? ひとくちだろ」

 「何のために二袋買ったと思ってンだ……。さん、これ夏野さんと分けろショ」

 礼を言ってチュロスを受け取ったは、紙ナプキンに包んで一本取り出し、袋に入っているほうを夏野へ渡した。そして自分のチュロスを半分に千切り、巻島の口元へ差し出す。

 「へぇ!?」

 「が『あーん』だってよ巻島くん。敗者にしては豪華景品じゃん?」

 からかってくる夏野を軽く睨みつける。紙ナプキンがこれしかないから仕方がないのだと弁解しながら、早く食べるように巻島へ促す。

 「あ、ありがとうな……」

 顔を赤らめたふたりを温かい目で見守る田所と夏野に、「その顔やめろっショ!!」と巻島が怒鳴りつけるまで、あと五秒。





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