梅の色




 「オニギリあたためて下さい、ショ」

 は「はい、かしこまりました」と告げ、電子レンジに梅のおにぎりを投入する。おにぎりを温めている間、ポカリスウェットと牛乳、ブランパン、ヨーグルトを精算し、白いビニール袋の中に入れてゆく。ピィー、という音が鳴ると、は顔を前に向けたまま、電子レンジの蓋を開け、中のおにぎりを取り出し、茶色いビニール袋へ入れる。そしてビニール袋の取手部分を、持ちやすいようにクルクルとねじり、二つの袋をまとめる。それをスッと裕介のほうへ出すと「お会計千二百六十八円です。カードはお持ちですか?」と聞く。手慣れたもので、スルスルと流れるような動作だ。

 このコンビニは、裕介が最も利用する店舗だった。総北高校からそれなりに離れてはいるが、ロードバイクではすぐの距離にある。練習の途中で、帰りで、立ち寄っていた。裕介は、の顔を覚えている。

 ビニール袋を受け取った裕介は、会計をしてコンビニを後にする。雲が多いものの、外は晴れだ。空の色も青い。六月に入り、梅雨入りしてはいたが、雨の日と晴れの日が交互に来ていた。今日は夕方過ぎまでは晴れの予報だった。

 その空の下、袋からおにぎりを取り出した裕介は、そのまま駐車場で食べ始める。裕介がおにぎりやパンを食べている間にも、客足は途絶えない。夏の始めで気温が高くなってきたからだろうか。飲み物を片手に出てくる客が多いようだ。


 「さっきの、巻島家のボンボンだったね」

 店員のみになった店内で、の隣にいた男が話しかける。嫌味な言い方だった。四十代で小太りのこの男性は、二ヶ月前に入ってきたの後輩にあたる。しかし年齢が上であることを理由に、一切敬語を使わなかった。

 「よく来ますけど、品があっていい子ですよ」

 がそう告げると、男は、でも、だって、だのと言い始めた。

 高校生のくせに高級品ばかり購入してゆくのは生意気だ。いつも汗だくのジャージで不潔だ。高そうな自転車を乗っていて偉そうにしている。これだから日本はダメになる。テレビで有名な政治家が若者を憂いていたがその通りだ。自分の力で努力して稼いだわけでもないのに偉そうにしていて甚だ遺憾だ、と鼻息を荒くする。この男は嫉妬心が人一倍強い。シフトが重なるたびにこのような説教を聞かされていたは、いつも聞き流していた。しかし今日は、月経前の苛立ちも相まって、言い返してしまう。

 「裕福な人がお金を使うことを渋ったら経済が回らないでしょう。その恩恵を受けている立場なんですよ、我々コンビニというのは。偉そう偉そうと仰いますけど、彼はいつも敬語で話してくれますよ。さっきだって『お、に、ぎ、り、あたためて下さい』って主語をつけて分かりやすいように配慮してくれました」

 は「おにぎり」の部分を強調して男に言う。男はの初めて見る姿に慌てふためくが、勢いは止まりを知らず、そのまま続いてゆく。

 「それに毎日汗水流して一生懸命練習して、インターハイに出場して総合優勝したんですよ。二年前は早朝のシフトで入っても深夜のシフトで入っても見かけました。雨の日でもきちんと練習して、自分流の走り方を身につけたすごい子だって、お客さんから聞きました。私、自転車競技のことはよく分かりませんけど、そんなあの子に努力していないだなんてよく言えたもんですよ。いまだにレジの商品取り消し方法も分からないような、努力の欠片もないような、そんな御方が。人の褌を借りて説教をするような御方が、ただお金持ちの家に生まれたというだけで彼を批判するなんて、おこがましい」

 二人の死角となっているゴミ捨て場で、一人、顔を赤くさせていたのは裕介だった。

 駐車場で食べ終えたおにぎりやヨーグルトのゴミを捨てに来たところだった。裕介は、男が言ったような嫌味には慣れていたため、もはや気にしていなかった。ゴミを捨て次第、気づかれないようにそっと去ろうとしていた。しかしそこに、自分を弁護するかのようなの言葉が降ってきたのだ。とくに気にせず話していた言葉も、誰にも気づかれずに行なっていたと思っていた個人練習(オレ練)も、これまでの努力も、には見られていた。さらにはそれらを高く評価し、イイ子だと、努力家だと褒めた。

 もじもじとしている裕介に気づく者は誰もいない。また、他の客も入ってこない。裕介は、そっと出て行こうとする素ぶりを何度か見せたが、そのたびにが琴線に触れることを発言するため、足を止めてしまう。

 「何ムキになってんの? もしかしてチャン、あいつが好きだったりして〜?」

 下卑(げび)た声が裕介の耳にも届く。一拍、間を置いたのち、の凛とした声が響く。


 「それは、悪いことですか?」


 肯定の返事だった。

 まるで言われ慣れないことを耳にした裕介は、ゴミ箱のそばで恥ずかしそうに真っ赤に頬を染める。さきほど食べたばかりの梅干しの色が、顔に移ったようだった。







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