仕方のない男女




「自動搾精機を開発した」
「ハァ?」
「自動搾精機を開発した」
「……聞くだけ聞くが、そりゃ何のことだ」
「精子を搾る、と書いて搾精。それを自動で行う優れもの」
「……」
「精子を搾る、と書いて搾精。それを自動で行う優れもの」
「二回言わなくても分かるっショ」
「さっきから二回言わないと理解できてないみたいだったから」
「いや、オレが言いてェのは何てモン作っちまってんだっつう話で、ってオイ!?!?」
 呆れた顔で首を振る巻島に構うことなく、彼のジャージに手をかける。ボタンやファスナーがついていないぶん脱がしやすいようだ。ボロン。巻島の局部が露わになる。急だったこともあり、まったく興奮状態になっていない。地面側に頭を向けた状態のそれは、平常時でも大きいことが分かる。
「これじゃ自動搾精機が装着できない。勃起して」
「あ……急に言われても……困るっショ……」
「仕方がないなぁ」
「なんでオレが悪いみたいになってんの?」
 は履いていたジーンズを脱ぐと綺麗にたたみ、パイプ椅子の上に置いた。
「ほら、裕介の好きな太もも」
「ズルいショ、それ……」
「——私と裕介しかいない研究所。研究のために完全防音。どんな音を鳴らしても大丈夫。ここにあるのは、無機質なステンレスのデスク、パイプ椅子、金属の機械、そしていくつかの紙束。熱を持っているのはふたりだけ。そのふたりは今、互いに下半身を剥き出しにしているの。……どう、興奮してきた?」
「あー」
 頬を赤らめた巻島は、から目を逸らし、デスクの上に転がっているペンを眺める。気を紛らわせようとしているのだ。事実、視界の刺激がなくなってやや冷静になったのか、巻島は鼻で一笑した。
「剥き出しになってンのはオレだけっショ」
「仕方がないなぁ」
「だからなんでオレが……って、あッ」
 はシームレスの黒いショーツに手をかけると、スルスルと脱ぎ出す。最後は右の足首に輪をかけ、それも畳んでジーンズの上に重ねる。少し癖のある隠毛が、研究室の無機質な空気に触れる。これほど扇情的な状況に、十代の青年が耐えられるだろうか。
「その調子だよ、裕介!」
 初めて自転車に乗れた我が子を褒める母親のような様子で言う
「んな褒め方すんなっショ、バカ」
「でも今日の裕介を満足させるのは私じゃないんだよ」
 は両手を挙げて、肩をすくめる。さながらアメリカのコメディドラマのようだ。その雰囲気を引きずったまま、彼女はデスクに置いてあった自動搾精機を手にする。
「きみを楽しませるのは新しいフレンド、ええと……マイケルさ!」
「男の名前は勘弁しろっショ」
「女の名前は嫉妬してしまう」
 少し眉間に皺を寄せて、照れたように言う
「お前……クハ」
 巻島は嬉しそうに微笑んでの頭を撫でる。しかし、格好がつかない。下半身を中途半端に露出させて勃起しているのだ。後ろから見ても、ジャージがずり落ちていて、尻の割れ目を隠せていない。外からは滑稽だが、の目には巻島の顔だけが映っている。自分を慈しむ眼差しに赤面すると、しどろもどろになって俯いた。
「と、とりあえず、実験にお付き合いください」
「あいよ。で、オレは何すればいいワケ」
「装着、する。痛かったら言って」
「痛いのかよ!?」
「毛とか巻き込んだらちょっと痛いかも、くらい。コンドームと一緒」
「なるほど、な……?」
 少し腑に落ちない表情をしながらも、にされるがままだ。ベルトが巻かれてゆく。太もも、胸回り、そして最後に、背中で両手を縛る。ベルトには二つの役割がある。一つは、ピストン運動によって装置が外れることを防止する役割。もう一つは、精子が搾取される前に本人が引き剥がさないようにする役割だ。
「あともう一つあった。乳首も擦れて気持ちいいと思う」
「まったく……変なことばっかり考えるヤツっショ……」
「では、一番大事なところを失礼して」
「金属でできててコワ……へェ!?」
 想像とは違った感覚だったのか、巻島が驚愕の声を上げる。
「金属なのは外だけ。作動中は無防備だから局部を守る仕様。どう?」
「やべェ、何ショこれ……。この感覚で、お前じゃないつうのがおかしい」
「オナホールをベースに、私の膣圧や形状を再現したから」
「その技術力……ッ、別で、活かせろ、っショ……」
 巻島の息が荒くなってゆく。先端の機械は、ときに早く、ときにゆるやかに、巻島をしごきだす。ベルトの下の乳頭は膨れ始め、淫らな表情を浮かべている。男の卑猥な声に、機械とまぐわって醸し出される音。が脚をすり合わせると、体液が脚を伝った。欲情しているのだ。
……ッ、普通に……したいっ、ショ、こん……なん、じゃ……なく、お前と……」
「ごめん。機械が精子を確認できない限り外せない仕組み」
「ハァ……!? クソッ」
 装置を外そうと、両脚で挟んで身じろぎする巻島へ、そっと指を伸ばす。
「むりやり外すと絶対痛いから、ごめん、我慢して」
「……なら、キスぐらい……しろっショ」
「裕介が可愛すぎて、装置作ってよかったと心から思える」
 がうっとりと目を輝かせる。にとってどれも新鮮味のあるものばかりだ。余裕のない表情に、口づけをねだる言葉。ふたりのセックスの主導権は、常に巻島にある。これほど切羽詰まっている巻島は、情事中に見られない。
「意味、分かんねェ……ッ」
「別に分かんなくていいよ」
 そう言いながら巻島の首に両腕を回し、彼の歯列をなぞるように舌を這わせた。しばらく口腔に快感を与え続けていると、突如、巻島が仰け反る。
「ッ、ハァッ……、イく……ッ」
 一瞬、肩を震わせ、ぐったりとした様子でに寄りかかる。
「悪りィ」
「大丈夫。外すね」
「あァ……」
 どうにでもしろ、とでも言いたげな目での横顔を見る。ガチャガチャとベルトを外しながら、はブツブツと改良点を呟いていた。ベルトの摩擦で巻島の身体に浅い擦り傷が生じているのだ。乳首も、最初こそ快楽だったものの、繰り返されると痛みと飽きに繋がる。改善すべき箇所が色々あった。
「そもそも、なんでこんなモン作ったんショ……」
「裕介が海外へ行くと言うから」
「話、つながんねェ……」
 太もものベルト、胸のベルト、そして手首のベルトを脱がし、最後に機械をゆっくり引き抜くと、底に白濁した液体が溜まっていた。が数回頷く。そのまま洗浄でもするのか、何かを流し込みながら巻島へ話しかける。
「向こうで使うかと思って。あと、使用開始したら私に通知が来る仕組みになっていて」
「マジで才能の無駄遣いだな……」
「そのときは私も裕介型ディルドでする。そしたら遠隔セックスができる」
「遠隔セックスって何ショ。そもそもオレ型って、クハ」
「型なら今とった」
「は?」
「型なら今とった」
「いつ!? どうやって!?」
「説明しよう」
 は今しがた取り外した自動搾精機を手にすると、中を見せつける。肌色のシリコンが流し込まれていた。今まさに、何かを作っているのだ。
「この中、形状記憶するタイプで、今は裕介の形になってるの。だから、ここにシリコンを流し込んで固めると……裕介型ディルドの完成だ!」
 自動搾精機を天高く上げ、誇らしげな顔。ワンテンポ遅れて、巻島が反応を返す。
「完成だー、じゃないっショ!!!」
「じゃあ、いらない? しない? 遠隔セックス」
「……そうとは言ってないショ」
「私はそういう、裕介の性にオープンなところが好き。裕介も私も、言葉で表すのは苦手だし、セックスくらいがちょうどいいのかも。同じタイミングでセックスしたいと思ったら、本能で愛し合っているのと一緒」
「それは暴論ショ」
「だって、何が愛かと聞かれたらよく分からないけど、私がセックスしたいのは裕介だけだから」
「ッ……」
 巻島は耳まで赤く染めて閉口した。一般的に考えて、愛の言葉としては、まるで美しくない。品など露ほどもない。それでも、世辞を嫌う巻島にとって、高潔ささえ感じられたのだ。
の、ワケわからないけど正直なところは、評価、してるっショ」
「ありがと。じゃあ、抱いてくれる?」
「な、なんでそうなるんショ」
「シリコンが固まるまで待てないから」
「……『仕方がないなぁ』」
 ふたりが声を上げて笑う。数分後、その声は色艶を帯びたものに変わる——。





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