策略家はかく語りき




 ふーっ、これでオレの仕事は全部終わりだな。

 え? ああ、から今メール来てさ。そうそう、オレと同じクラスの。ウチに差し入れしてくれる家庭科部のヤツな。それで……んー、青八木なら口硬いしいいか。それに、そのうち分かるだろうし。要は、と巻島さん、付き合うことになったんだわ。

 ……ハハッ! すげー顔。いいリアクションすんなぁ。

 その巻島さんで間違ってねーよ。イギリス行った、あの巻島さんだ。

 つっても、オレも手は貸したけどさ、こんな上手くいくとは思ってなかったんだぜ? あの人、お前とは違ったカタチで会話が苦手っつーか、そういうところあるだろ。もそれほど話すタイプじゃないし。

 ん、から相談受けてさ。インハイ近づいてきてるからそれどころじゃねーかもっつったら、卒業するまで待ってもいいと思ってるって。ただ、それまでに連絡先だけでも知りたいって。しかも、多少親しくなって、本人から連絡先を受け取りたい。そう言われたんだ。これ……本気だろ? だからオレも、はぐらかして終わりにできなくなっちゃってさ。どうやって話しかけたら自然か、とか色々ふたりで考えたりしたんだ。三年は教室の階数も違うし、委員会も違うし、巻島さん食堂使わねーし、知り合うきっかけがまずねーよな、ってところからのスタート。だからも、恥を承知で、まだそこまで話したこともないオレに相談してみたってワケ。それが、えーっと、……ああ、もう2年前か。オレらがまだ一年の、九月ごろ。ん? ああ、とは二年連続で同じクラスだったんだ。三年目の今年は違うけどな。

 で、とりあえず巻島さんが出る大会の応援にでも来てみろよ、って、誘ったはいいものの……巻島さん、のことを箱学の東堂さんのファンだと完全に思いこんじまってさ。あの人、察しはいいのに恋愛関係だと鈍感なんだな。、一生懸命ヒルクライムとか行きにくい会場も通ってたのに、そこへ毎回東堂さんも出場するから、勘違いに拍車かかっちまって。オレ、ちょっと東堂さんいい加減にしろって思っちまったわ。あの人何も悪いことしてねーのにな。でも、このままだとただの東堂ファンと思われて終わっちまうから、試合後に声でもかけてみれば、ってに言ったんだ。そしたら『あの格好よさにまだ目が慣れていなくて、目が合わせられない!』ってさ。今の似てただろ? ハハッ。ホントに当時そう言ってたんだ。重症だよ、

 じゃあ、ってことで始まったのが差し入れ大作戦。オレらはそう呼んでた。巻島さんが甘いもの好きだって分かったから始めたんだ。ほら、練習中にコンビニ寄るとさ、あんぱんとヨーグルト買うことあるだろ。も家庭科部で料理好きだし、甘いモンでも差し入れしてみたらどうかって考えて、作戦が始まった。あんこが好きなのかと思ってどら焼き作ったり、趣向変えてマカロンとか流行に乗ったモンにしてみたり、補給食っぽくパワーバー持ってきたり。そしたら巻島さん……今度はがオレのことを好きなんだと勘違いしちまったんだぜ? 頭抱えたな、あれは。思わずアイツが好きなのはアンタだって言いそうになったわ。おう、もちろん言ってないけどな。ただ、これじゃダメだって『巻島さんも慕われてると思います』ってそれとなく伝えたんだけどさ……。巻島さん、『オレと話すとき目ェ逸らしてるっショ。コワい先輩だって思われてンじゃないの?』って。協力してるオレとしても、どうしたもんかなって悩んでた。けど、チャンスってのはいつ来るか分からないよな。

 にとってはピンチだったかもな。期末試験前で部活禁止になってるとき、あったろ? 一年の十一月下旬。そのとき、放課後に勉強会って言いながら、と巻島さんについてまた話しててさ。差し入れ作戦が誤解の一途を辿りそうな今、どうするか、って作戦会議な。で、そのうち、そもそもなんで好きになったかっつうことを聞く流れになったんだ。

 最初は一目惚れだったって聞いて、正直すげー趣味してんなぁって思ったな。けど、そこから色んな人の話を聞くうちにもっと好きになったらしい。

 当時三年の先輩が、あいつは影の努力家だって褒めてたり、イジりがいがあるって可愛がってたり、モノ落としたら走って届けてくれたりって話。巻島さん、優しくて色んな人に慕われてんだって知ったら、もっと知りたくなったんだってさ。

 そう思ってた矢先に、登校中に助けられたんだ。その日は電車が遅延してて、いつもより混んでたから、駅から出てきたときに人がすごかった。それで人に押されて、転んだらしいんだわ。けど邪魔にならないようにってすぐ立ち上がって、歩き始めた。あいつらしいよな。で、歩いてたら、巻島さんが後ろから自転車でやってきて、『その足、大丈夫かい?』って聞いてきて。そのとき、指摘されて初めて血が出ていることに気づいたに絆創膏を二枚、渡してきたんだってさ。誰にも気づかれないどころか、自分でさえ気づいていなかったのに、本当に優しい人だなって思って、それから本当に好きになってしまった、っていう話。これを……通りすがった巻島さんに聞かれたのが、チャンスでもありピンチでもあった。

 本当に偶然だぜ? いや、ホントだって。オレは別に、巻島さんにその話聞かせようと思って何かしたわけじゃない。ま、巻島さんから英語の辞書は借りてたけど、返すよう催促されるタイミングなんて分かんねーよ。昼休みでもよかったワケだし。もしオレが、巻島さんが来るのは放課後だって分かってたとして、話しているタイミング合わせられるほど策士じゃないって。青八木はオレのこと買いかぶりすぎだよ。つーか、重要なのはソコじゃない。その後の巻島さんの反応な。

 まるで聞いてませんでした〜って顔で『手嶋ァ、辞書返せっショ。オレ明日英語の試験あんだヨ。辞書持ち込み可のヤツ』って入ってきたんだけどさ……フッ…ブフッ…今思い出しても笑えるわ。顔、真っ赤で隠しきれてなくて。レース中なら白熱して顔が赤くなっててもおかしくないけどさ、あれは……もうバレバレだった。もそれに気づいてワナワナしてて。オレも、ようやく進展するなって一安心。ここからは助太刀したよ。

 巻島さんに、辞書持ってくるの忘れたから、申し訳ないけど明日の朝返すんで今日のところはの借りて試験前の勉強してくださいって言ったんだ。で、『連絡先交換しといたほうがいいんじゃないですか? 返すとき連絡取れないと不便だし、お互い見知らぬ他人同士ってわけでもないでしょ』つって。普通に考えれば、オレが巻島さんの辞書返すタイミングでのを受け取って、それをへ返せばいいってだけなんだけど、ふたりとも動揺してたから嵌ってくれたよ。携帯取り出して赤外線通信して、は巻島さんに自分の辞書渡して。巻島さん、逃げるみてーに教室去って行ったんだけど、歩き方、ヘンだったなーあのとき。

 そんな感じで、ふたりは連絡先を交換したものの、ぎこちなさが取れなくてさ。あくまで巻島さんはあの話を聞いていない体を取ろうとするもんだから、余計に話がこじれたっつーか、おかしくなったっつーか。

 これについて巻島さんに聞いてみたことがあんだ。あのとき、聞いてたのになんで聞いてない振りすんですか、って。なんて答えたと思う? ……だよな、オレもそう思った。よくある男の照れ隠しだって。でも違ったんだ。考えてみれば巻島さんらしい答えだよ。さんの意思を尊重してんだ。あの人、『本人がオレに言いたくて言ったワケじゃないのに、偶然だからっつって聞いたことにしちまうのは悪ィっショ』って。ごまかしきれてないんだから聞いてしまったこと素直に言ったほうがいいですよ、って言ったんだけどさ。目をこんな風に泳がせながら『いや、さんにバレてない……ショ?』つってて、また頭抱えたよ、あのときは。あれでバレてないと思ってんのかって。ハハハ。

 で、『もうバレちゃったっぽいから開き直って堂々と差し入れをしようと思う』って、少し積極的になってさ。なのに巻島さんが知らないフリするから、話がよく分かんねーことになってたんだけど、その頃はもう、お互い連絡先交換してるからって、オレもノータッチだったんだわ。

 とはいえ、連絡先交換した直後、は巻島さんがあんま返事しねーって落ち込んでたな。けど、少し経ったら『私が特別嫌われてたり避けられているわけじゃなくて、ただ筆不精なだけって分かったからもう大丈夫』なんて言ってたっけ。巻島さんが初めて返事してきた日には舞い上がって『手嶋くん、巻島さんからお返事もらった!!』って目ぇキラキラさせてたな。めずらしくて気になったけど、ほら、プライベートだろ? あんま聞いちゃいけないと思って、『へー、何文字くらい返ってきた?』って聞いたら、『二文字!!』って勢いよく回答されたわ。たぶん、「おう」か「了解」のどっちかだぜ、あれ。

 色々あったみたいだけどさ、オレらが必死こいて練習してる間も、巻島さんと、デートしてたりしたんだよ。デートつっても、部活後に待ち合わせてファミレスでメシ食ったりするくらいだけど。ああ、もしかしたら……連絡先交換した後のことはオレもそこまで詳しくないし、巻島さんもさんもペラペラ喋るタイプじゃないから、行ってた可能性はあるよな。チクショー羨ましいぜ、なんてな。ハハッ。

 え? んー、つかオレ、今のメールもらうまでと巻島さんがメールとか国際電話でちゃんと連絡できてたって事実すら知らなかったんだ。小野田の手紙も返してないからさ、あの人。にも連絡先教えないでイギリス行ったのかと思ってた。とも三年でクラス分かれちまったし。確かに、どうやって付き合うことになったんだろうな? ちょっと聞いてみるか。

 ……あ、、手嶋だけど。おう、おめでとさん。さっきメール確認してさ。今時間いいか? ああ、聞いていいなら聞かせてもらえると……へー! よかったな! あ、そうだ。今、青八木といてさ。ごめん、付き合うっつーこと、話しちまったけどいいよな? 悪ぃ悪ぃ。大丈夫だって、オレと違って口硬ぇからさ、心配すんなよ。で、巻島さん次いつ帰ってくんの? 年末か。忙しいんだろうからしょうがねーけど、も我慢強いつーか一途っつーか、すげーよな。ん? 巻島さんからキャッチ? おーおー出ろ出ろ、じゃ、またな。

 ……だってさ。携帯からあいつの声聞こえただろ。メールで『遠距離で構わないのでお付き合いしてください』『おう』だってよ。今さっきの話みてーだ。たぶん今かかってきた巻島さんの電話、それに対するフォローだぜ。ドラマみたいだよな。鳥肌立ったわ。オレも受験終わったら女の子と遊びてーなー。ああ、だな。まずは受かんねーと始まんないよな。分かってるって。集中、集中。……でもさ、ちょっとティータイムしねえ?







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