愛を見やがれ、宇宙人。
「な……何ショ、これ……」
オレの目の前にいたのはだった。さっきまでは絶対そうだった……よな? けど今は違う。いや、見た目に関しては一部を除いてのままなんだが、その一部ってのが問題すぎるっショ。
話は三日前に遡る。インターハイが終わって引越しの準備も一段落した頃、から電話がかかってきた。
「裕介先生、終わっていない夏休みの課題を手伝ってください! とくに英語!」
来週には彼氏が日本を発つってのに、まるで緊張感がないヤツっショ。ま、その能天気さに救われてんだな。別れるって選択肢が生まれなかった。のポジティブなトコに夢を見ちまったからな。現実的じゃないけど、悪くないショ。
「あー…今日と明日は書類の手続きで忙しいんだわ。明後日でいいか?」
「大丈夫だ! ありがとう! 恩に着る」
「クハッ! それ、金城のマネか? 似てないっショ」
「うん。声低いから難しいね。明後日の十五時で、あ、場所は図書室でいい?」
何せ高校生活最後の夏だ。会えるなら──下心ゼロってのはありえないショ。
「制服のシャツ全部洗っちまったからなァ…オレんちでいいか?」
で、今日。を部屋に通して、キッチンからポカリ取って来たらこれってワケだ。
「触覚……?」
「あっ、ば、バレた!!」
「何なの? それ。どうしたっショ。ほら、ポカリ」
「わ、ワタシまだこのカラダに不慣れなものでして、隠し切れないんです」
「ハァ? 暑さでアタマやられちまったか?」
の額から生えている二本のツノ。肌の色に同化してて気味が悪ィ。昔からおもしれェヤツだとは思ってたけど、今回のギャグはセンスなさすぎっショ。つか短時間でスゴイっショ。キッチンからポカリ取って来る時間なんてほんの五分程度。いつの間に準備してたんだ? とりあえず特殊メイクか何かでくっついてるこのツノをどうにかするか。
「えっ!? ちょっと何するんですか! このヒトあなたの恋人なんでしょう!?」
「んな当たり前のこと今さら聞くなショ。う…メッチャ固い」
「取れないですよカラダの一部なんですから! ちょっ、折ろうとしないで!」
「……おまえ何やってんの」
思いのほか呆れた声を出しちまった。しょうがないショ、さすがに茶番が長すぎる。
「ですから、ワタシはサンであってサンでないんですってば。外見こそさんですけど、中身はنشوة惑星から来たعاطفةなんです」
「オイオイ……」
ため息が出る。いつまでやるつもりだ? もう放っておくか。来週にはイギリスに発つっつってるのに、まるでムードってモンがないショ。しんみりしたくない気持ちは分かる。だからってこんなのは求めてねーヨ。それとも受験からの現実逃避か? 今年から必死こいて勉強してたしな。
「その目、信じていないみたいですね。フム。それならそれで誤魔化せる……いや、ちょうど“協力者”が必要な頃合いでしたし、アナタをそれとします。ちょっとついてきてくれますか?」
「あァ?」
「特別にワタシの宇宙船を見せてあげます」
「そんなモンまで用意したのかよ」
「ですから……。まぁ、今はいいでしょう。いずれ信じてもらいます。まず、この見た目では外で目立つので、帽子というモノをお借りしたいのですが」
「よく分からない設定っショ……」
に赤のカンカン帽を被せる。ちょっと浮いてるけど、まァこんなモンでいいショ。ツノがなけりゃよく似合ってるけどな。マジで気味が悪ィ。カタツムリみてェだ。
「
「どういう設定……つかドコ行くと思ったらオレんちかよ」
庭にある椿の葉を搔きわけると、はUFOみたいなオモチャを取り出した。小さい。オレの手どころかの片手に乗るくらいの大きさだ。アルミで作られたような安っぽい銀色のそれを摘むと、オレに差し出して見せてくる。
「コレです。恥ずかしながら、不時着してしまいましてね。一週間後には仲間が助けに来てくれるのですが、それまではサンのカラダをお借りします。ワタシの本体は、この宇宙船の中にいないと地球という惑星に耐えられないのです。三日までは船内の応急措置セットでどうにかやりくりしていたのですが、今日にでも寄生先を見つけないと危うかったんですよ。いやぁ、サンには助けられました。ワタシとしても、ムリヤリ寄生するのは心苦しいのでね。受け入れていただいて本当によかったと思っています」
「何言ってんショ、バカ。んなオモチャ買ってくるヒマあんなら勉強しろ」
「うーん、この地球人は話が通じないですね」
「話が通じねェのはおまえっショ!!」
「何をすれば本当の話だと信じてもらえるでしょう?」
「あー…じゃあちょっと空にでも浮いてみろショ」
「こうですか?」
の身体が地面から三十センチほど浮く。見下ろされるのは新鮮だな。
「うわ、おまえホントよく準備したショ」
「ええ? これでも信じないんですか? じゃあこれ、ビーム」
そう言うとは人差し指から青い閃光を撃つ。ジュッと音がして地面が焦げる。
「
「手強いですね。サンはコレですんなり信じてくれたんですが。現実主義者の恋人がいるとは聞きましたけど、ただの疑り深いヒトではないですか」
「……、オレに不満があんなら小芝居してねェで直接言え。フェアじゃないショ」
「うーん、このまま地球を探索したりアナタを調査したりしたかったんですが、いったんサンに変わりますね。そのほうが話が早そうですし。部屋に戻りましょう。交替には一度意識を手放さなければなりません。要するに気絶します」
「やれやれ、何なのこいつ……こんなの初めてショ」
との付き合いはかれこれ三年になる。高一の春、入学式前の自転車通学でのチェーン直してやったのがキッカケだった。そして教室のドア開けたら、まさかオレの隣の席。この髪の色で全員が遠巻きに見ている中、は物怖じせずに話しかけてきた。金城や田所っちよりも早く打ち解けた相手はだけだ。付き合い始めたのは高二の春。クラスが変わる前に伝えたかったって告白されたけど、二年も同じクラスで笑っちまったっけな。しかも三年目まで一緒だったから周りに冷やかされたっショ。それに「裕介が活躍するところまで山登るのしんどいんだよね」って言いながら、インターハイも峰ヶ山ヒルクライムも、オレが出る試合は全部見に来てた。イギリスに行くつったときも「バイトして夏休みに行くから案内よろしく」とか「遠距離恋愛でダメになるなら元々それまでの関係なんでしょ。続けられるだけ続けてみよ」とか「そもそも日本にいても裕介と連絡つながんないじゃん。メールの返信も基本『おう』だけだし離れてても平気平気」とか、現実的ながらもどこかポジティブな回答で、オレもなんとかなりそうだって思わされた。逆を言えば、ポジティブでありながらも根はオレと同じ現実主義者なんだ、って女は。こんな非現実的なジョークを言うようなヤツじゃない。少なくともこれまではそうだった。
「意図はよく分かんないけどヨ、おまえの満足が行くまで付き合ってやるっショ」
「ふむ。それはサンへの『愛』ゆえにですね。ワタシのことは信じていないけれど、このカラダの持ち主であるサンのことは信頼しているし甘やかしたいと」
「バカ」
カンカン帽から少しだけハミ出てる触覚を引っ張ると、やっぱり「痛いッ」って叫ぶ。演技にしては自然すぎる気もするショ……。おいおい、何考えてる、オレ。
「もう、アナタって人は乱暴ですね……。でもワタシにも分かりますよ、その感情。たぶん、ですけど。さきほどアナタの部屋で色々な女性の写真を見ましたが、サンも魅力的な女性に入りますよね? 親切ですし、頭も良いでしょう? 地球人が『愛』という感情を持つのはこのようなヒトだと聞いたことがあります」
が右手を胸にあてて自慢げに笑う。はポジティブだがナルシストじゃない。こんなポーズは普通しないショ。普段からするつったら──
「……あのうるさいのくらいショ」
この表情や大げさな身振り手振り、
「『うるさいの』? よく分かりませんが、とにかくワタシは地球人の『愛』を調査しに来たのです。その『愛』というのは信じる気持ちや守りたいという気持ちを持つことですよね。そう言ったらサンが、アナタから学べるだろうってカラダを貸してくれました」
「へー……暑さにやられたんだな。早く部屋戻ってクーラーの下行けショ」
「あッ、まだ信じてないですねッ」
「当たり前ショ。ま、宇宙人でも何でもいいからまずは課題終わらせることだな」
「課題をやるのはサンであってワタシではありません」
「屁理屈かヨ」
「部屋に戻ったらサンに変わりますから」
「あいよ」
部屋へ戻ってを椅子に座らせると、すぐに机に突っ伏して寝息を立てた。よっぽど課題がやりたくないってのか? しょうがないヤツっショ。被りっぱなしの帽子を外してやると、その下に隠れていた触覚が徐々に縮んで、普段のに戻ってゆく。
……これは……手品って話じゃ説明つかないショ。
「ん……あれ?」
オレが何度もの額を調べていると、その下にある目がゆっくりと開いた。
「あぁ裕介、ポカリありがとう。あれ、温い…? ん!? 十六時!? いつから寝てたの私」
机の上の時計を見て焦る様子は……おそらく演技じゃない。そもそも、こいつ不器用だからな。演技やブラフは下手なんだ。
「。今から変なこと聞くけどヨ、宇宙人って信じるか?」
「んー? ああ! もしかして私、宇宙人に身体借りられてた?」
は納得したように頷きながら「それで記憶がないのかぁ」「ちょっと怖いなぁ」「でも一週間後には元の星に帰るって言ってたしなぁ」とかブツブツ言っている。身に覚えあんのかよ。
「ねえねえ、説明のためにビーム出した? あれすごいよね」
「……つか何ショ、宇宙人に身体貸すって。おまえツノ生えてたショ」
「それは聞いてないな。キモそうだね」
「キモかったっショ」
「ちょっと見たい。写メ残してないの? 裕介とか『証拠収めるっショオ!』とか言いそうなのに」
「撮るも何も、本物だと思わなかったからな」
「あー、なるほど。たしかに私も最初信じなかったよ。最初は威嚇でUFOからビーム出されて、それで信じたの。話聞いたら不時着して死にそうって言っててなんだか不憫だなって思ってさ。調査しに来たのが地球人の『愛』だって言うから、悪いヤツじゃなさそうだなって。だから裕介といたら分かるんじゃないって答えて。で、まぁ何か色々話して、一週間だけ身体を貸すことにしたの。あ、これ、ついさっきの話ね。ピンポン鳴らす前に庭で何か光ってるなって近づいたらさ、UFOと宇宙人がいたの。誰も気づかなかったんだね。その点、この宇宙人は私に見つかってラッキーだったよ。裕介に気づかれなかったのはかわいそうだけど」
「おまえ、自分の身体は大事にしろっショ。いま何者か分からないようなヤツに勝手に動かされてたんショ? しかも記憶もねェんだろ? オレがいなかったら何かしてたかもしれねェ。何かあってから本人じゃないって説明して、誰も信じてくれなかったらどうするワケ?」
「そうだねー。簡単に受け入れちゃったのは反省してるけど、そういうことするヤツだったら裕介に入らなくて本当によかったって思う!」
思わず舌打ちしちまった。おまえ、自分のことはどーでもいいのかヨ。
「オレだって日本にいられるのあと七日しかないショ」
「うん、知ってる。なんか実感ないけどさ」
「七日目でそいつが出て行かなかったら? その後は誰がフォローすんの?」
「うーん、なんとかなるでしょ、たぶん。なんとかするし。それとも裕介、私が心配で日本にいてくれんの? そんなことするつもりなら無理矢理飛行機乗せるけど。ちゃんとやれって」
こいつこういうところあるよなァ。妙に男らしいつか、何つか。だから長くやっていけてるのかもな。オレは毎日連絡取ったりずっと近くにいたりするようなことは出来ねェ。ついて来るなら止めないけど、追いかけてほしいってのはムリだ。試されるような真似も好きじゃない。中にはこういう女は可愛げがないって言うヤツもいるだろうな。けどオレはこういう、嫌いじゃないショ。ま、本人には言わねーけどな。
「けどなんとかするっつってもヨ、宇宙人とは話せんのか?」
「うーん……たぶん、できないっぽい。今頭の中で呼んでみたけど何も言わない」
「ならオレが説得するしかないショ。、ちょっと宇宙人と変われっショ」
「って言われてもどうやって変わるか分かんないんだって」
ば、って言い終わるか言い終わらないかくらいでまたツノが生えてきた。キモいしダサい。あー、つか本物なんだな。よくよく考えりゃ、冗談でもこんなこと、本人がするわけないっショ。
「変われと言われたので変わりました。さて、お分かりいただけましたか?」
大げさに両手を肩の高さまで上げてが笑う。いや、こいつはじゃなかったショ。
「今すぐの身体から出ろっショ」
「もー、たった一週間ではないですか。ケチですね」
「一週間で『愛』が知りてェならセミん中にでも入ってろショ!!」
「ワタシは地球“人”について知りたいのです。それに、そもそもアレ、セミというのはワタシの星からの輸入品ですよ」
「え……そうなの?」
思わず聞いちまった。言われてみりゃセミって……いや、まさかな。
「そうですよ。長年土に篭っていられるので、今回のワタシのように、不時着した者たちの一時的な避難所として飼育していたものです。万が一、通信状況が悪くなって一週間以内に発見してもらえなかったときに入るための生き物ですね。と言っても、いつのまにかコンクリートに埋められていて出られなくなってしまった、という例が多くなってからは使っていませんけど、コンクリートがなかった時代は便利だったみたいです」
「そんな昔から地球に出入りしてたのかヨ」
「ええ、まぁ。それでも地球人の愛についてはまだ不明点が多々あるので、こうして研究に派遣されているわけです。ですから、ワタシたちも長年地球について調べているので、サンの身体を使って法を犯すようなことはしません。それこそ、昔、地球人は愛する者に殺されても愛せるかという実験を行った際に大問題になりましてね。それ以降は、ごく当たり前にある愛からサンプルをいただいているんですよ。特に、ワタシはまだ若手なので、これは研修期間の任務ですし、危ないことはいたしません。何かするとしても、さんの体内からさんの瞳を通じて、アナタがどうさんを愛するのか観察する程度です」
こいつサラっと二個ほど恐ろしいこと言ったっショ……。愛する者に殺されても愛せるか? そもそも死んだヤツに感想なんて聞けないショ。その上オレらを監視する?
「そうそう、できれば生殖活動を行う様子を見たいのですが、可能でしょうか? 我々が知る範囲で、種族の保存や繁栄以外の理由で生殖活動を行うのは地球人のみなんですよ。そこには『愛』があると聞きました」
「生殖活……ハァ!? ムリに決まってるショ!!」
人のこと
「うーん、であれば誰か別の男性と……」
「オイオイ待てっショそれは絶対ダメだ」
何言ってんショこいつ!! やっぱオレがいないと危ないじゃねーか!! の知らないトコで何するつもりか分かんねーよ。
「コンドームをつければ子供は生まれませんし問題ないのでは」
「そう簡単なことじゃねェんだわ」
「やはり、決められた相手以外との生殖活動はよろしくないんですね。それも『愛』でしょうか? 地球人は愛を持った相手を独占したがる傾向がありますよね。アナタはサンを愛していて、そしてサンのカラダを独占したがっている。なるほど、また一つ勉強になりました」
オレがすげー嫉妬深いヤツみたいショ……。普通だろ、自分の彼女に手ェ出されたくないってのは。こいつら宇宙人からバカにされる筋合いは一切ねェ。 「とにかく、の身体から出てけっつってるショ」
「代わりを手配してくれますか?」
「あァ?」
「ワタシだって寄生先がなくなって本体だけになったら死ぬかもしれないのに『はい分かりました』で出ていけるはずがありません。それに地球人の愛を知るための研修ですから、虫や獣になるわけにもいきません。中には珍しいフェティシズムをお持ちの方もいらっしゃるようですが、探すのが困難ですし。できればすでに恋人同士か夫婦の地球人でどちらかに寄生できると嬉しいのですが、そういった方を手配してくれますか? できれば女性が好ましいです。物や行動で愛を与えられるのは女性のほうが多いそうですし。分かりやすく愛を与えられている様子を観察したいんですよ」
こいつ、注文が多すぎるショ。ペラペラ喋るし面倒くせーな……
「別に男女じゃなくてもヨ、親子や兄弟でも愛はあるショ」
「ほう、地球人は親子や兄弟でも生殖活動をするのですか?」
「いやそういうワケじゃねーけど」
「ワタシは愛のある生殖活動が見たいんですよ!」
「ただの変態じゃねーか!」
思わず大声でツッコんじまったショ。つかの口で生殖活動って連呼すんじゃねーよ。
「いいじゃないですか、見られただけで減るもんじゃないし」
「数の問題じゃねーよ」
「お。ちょっとこのカラダに馴染んできました。触覚を消してサンぽくなってからアナタにせまれば、そのうち生殖活動しますかね?」
宇宙人がツノをウネウネさせている。うわ、キモすぎるっショ……。あ、消えた。見た目だけならいつものそのものだ。これ──そのうち話し方や性格まで真似されたら本物のと分からなくなるんじゃ……。そう考えるとゾッとする。不時着なんてのは嘘で、本当は地球人の乗っ取りが目的でした、なんてことになったら、シャレになんないショ。早くこいつをから出してやらないといけねェ。
「裕介! 生殖活動、しよ?」
宇宙人が腰に手を回して抱きついてくる。見た目だけならいつものだ。
「その……誘い方が雑すぎるショ」
そう言いながらも実は下半身にキちまってる。から誘われるのはほとんどないに等しいからな。それも繋いだ手を握るくらいのモンだ。最終的に一線を越えるのは、いつもオレなんだ。耐えろ、オレ。デニムのポケットに手を入れながら宇宙人に悟られないよう膨張してきたアレを押さえつける。ガマンだ、オレ……。
「おや? まんざらでもないじゃないですか。体温上がってますよ。どうします? このままワタシとしてのサンに押し倒されるのと、サンに変わって抱くのと。ワタシはできれば見て学びたいのですが」
身体おしつけんなっつの。
「あー……。にリードされるってのも悪くないねェ……。けど……交換条件ショ」
ガマンだ、裕介。の意思に関係なく抱くのはナシに決まってんだろ。
「ほう? 交換条件とは」
「今から水槽のあるホテルに連れてくショ。コトが済んだらそっちの魚に移れ。ソコなら生殖活動なんざ有り余るほど見られるぜ?」
「それは拒否します。魚は死にやすいので、そっちの体で死んでしまっては元も子もありません。移るのもパワーがいるんです。ホイホイと何体も変えることはできません。本体に体力が残ってなかったら移ることすらできないんですよ。それに、協力者のいない建物に入ってしまうと仲間も侵入しにくいですし。あと自発的に動けないのは致命的です。せめて陸上を歩き回りたい」
めんどくせーな……。あまりのめんどくささに萎えてきたわ。
「めんどくさいって顔しないでくださいよ。サンのためです」
それは分かってるけどおまえが言うことじゃねーよ。前髪を搔き上げる。あー、伸びたな。イギリス行く前に切りに行くか。
「じゃーアレだ、鳩かカラス。期間中はオレんちで飼ってやるショ」
「カゴに入れて閉じ込めたりしませんか?」
「……しないっショ」
そりゃ四六時中とオレを観察されるのは嫌だからな。外にいるときは鳥かごに入れておくつもりだった。けど飼ってもらえるだけありがたいと思えっショ。
「何ですか今の間は! これだから寄生先は人間のメスに限りますよ」
このままじゃラチがあかないっショ。宇宙人はよく喋る上に注文が多い。
「こうなりゃ、最終手段だな。オレに変われ、宇宙人」
「アナタに? なぜそんな二度手間のようなことを」
「よく分からねェ物体が、の中にいンのが嫌だからに決まってるショ」
「ご自身の中なら構わないと?」
「に何かあるよりマシだ」
「ふむ……それも『愛』ですね?」
「うるさいショ」
んなクソ恥ずかしいこと、わざわざ口に出して言うんじゃねーよ。
「アナタの愛の美しさに感服したワタシから一つ提案です」
「何ショ」
正直、いい予感はしないショ。
「同じく交換条件です。これからワタシはさんに変わりますので、まず愛のある生殖活動を行っていただきます。ここまではいいですね?」
「あー……ハイ」
いちいち口出しすんのも面倒になってきたっショ。
「ワタシはそれをサンの中から観察させていただきます」
「あァ……」
「そのあと、アナタに寄生先を変更いたします。そして再度生殖活動を行います」
おまえ、ただ男女両方の身体でヤりたいだけっショ……。
「で?」
「以上です」
「以上、じゃね───よ! 提案にすらなってないショ」
宇宙人が急に俯いて黙り込む。ずっと必要以上に話していたヤツが話さなくなると妙な緊張感が生まれるっショ。
そして宇宙人が顔を上げてオレに笑いかける。含みのある笑い方だ。にそんな表情させんなって気持ちと、初めて見るの言動に昂ぶる気持ちとがせめぎ合う。
「嫌ですねェ……ワタシが下手に出ているからって勘違いしないでください。その気になればサンをどうにだって出来るんですよ。だから“提案”と言って差し上げているのです。分かりますか?」
今までの空気が変わる。真夏だってのに、身体が冷えちまうような感覚だ。宇宙人の目が怪しげに光っている。窓から差し込む太陽の光が、の目を爛々と輝かせる。
「チッ」
「物分かりのいい地球人は好きですよ。サンみたいなお人好しもね。さて……それではサンに変わりますから、ごゆっくり……」
「あー、ちょっと待てっショ」
「何ですか? この後におよんで」
「オレたち誰かに見られることに慣れてないんだわ。そもそも十代のガキが見られることに慣れてたら問題っショ。で、このままだといつもと違った感じになっちまう。それは自然な『愛』ってヤツを研究する上でイイことだとは思えないのよ」
「……」
なんとか誘導しねェとならねェ。考えろ裕介、どうやったら現状よりよく出来る? 今のところ聞いてくれちゃいるが……。
「では、どうしろと?」
まァ、そうくるよな。……あれは──よし、見えたぜ突破口ォ!
「あの電線に止まってるスズメの群れ、見えるかぁ?」
「アレに移れと? 最中のやりとりも勉強の一つなので見てるだけでは物足りませんね。それに寿命の短い野生動物は──」
こいつ話し始めたら長いっショ。今のうちだ。
「今から十二時間。ここの窓も開けておくし、熱中症対策に水も庭に置いておく。その時間内に、少なくとも三回はするって約束するショ。そのどれか一回を、おまえは見にくる。うち二回は見てないとするとこっちも多少気がラクになるからな。明日以降はオレんちで面倒見るっショ。オレがこの約束を破ったら今後ずっとオレの身体を使わせてやるよ。それでどうだ?」
「ふむ。悪くはないです。けど決定的な欠点があります」
「何ショ」
「ワタシが乗り移るためには、対象となる生き物が、至近距離でジッとしている必要があります。少なくとも三分間。野生動物だとコレが難しいのです。まぁいざとなれば最終手段がありますので、アナタも約束を破って逃げようなどとは思わないことですね。とはいえあまり使いたくない手段ですから、まずは普通のやりかたで試しましょう」
そう言うと宇宙人はスズメに目をやりながら、ゆっくり窓を開ける。
「おや、動かない。大丈夫そうですね。じゃあ、あの右から二番目のスズメにします」
「お、おう」
予想よりも素直に動いた宇宙人に若干驚く。黒かった瞳が青白く光り、さっきのビームと同じような閃光がスズメを貫く。宇宙人とオレにしか見えないのか、スズメが鈍いのか、金縛りみたいになってんのか検討はつかないが、スズメは微動だにしない。
数分後、目の光が弱まったと思うと、の身体は糸が切れたように倒れた。両腕で支えてベッドまで運ぶ。が目を覚ます前に、水を庭に出してくるか。つか目が覚めたにどう説明するっショ。それについては考えてなかったな……。ま、そもそもあいつが持ってきたモンなんだから協力する義務はあるショ。
キッチンからサラダボウルに入った氷水を一つ用意して庭先に置く。ついでに食パンも千切って近くに撒いておいた。家族に見られなくて助かったな。だが、さっき宇宙人が乗り移ったはずのスズメは降りてこない。まだ「カラダに慣れてない」ってやつか?
「うわー、またスゴイ約束をしたね?」
「だから今日は泊まっていけショ」
あれから三十分後、は目を覚ました。ベッドに座っているに、顚末を伝える。十七時から十二時間内に三回、うち一回は外部からの鑑賞つき。
「意外とすんなり理解したな」
「これまでが信じられないことばっかりだったし、裕介の言うことだからね。私着替えとか取ってこようかな」
「前に泊まったときの分、洗濯しておいたショ。それ使え」
「わー! 裕介が洗って干して畳んでくれたの?」
「まァな」
「裕介やさしい。ありがと」
「別に礼を言われるほどのことじゃねーよ」
「当然のようにできるのがいいところだよ」
「あんま褒めるなショ」
「ふふ」
「んー?」
「幸せだなって。あとどれくらい、こういう日が過ごせるんだろう、って考えるとさ、もう、両手の数よりも少ない日でさ、終わりなんだよ。あ、もちろん裕介が帰ってきたり私がイギリス行ったりしたら同じような時間を過ごしたいって思うよ。でも当たり前に出来るのは、もう、あと、ちょっとでさ。なんかしんみりしちゃうね。私たちらしくもない」
が言葉を選びながら話しているのが分かる。これに対して、どう反応していいのか分からないショ。
「……」
「でも、なんか、だからこそ伝えられるうちにたくさん伝えたいと思うよ。言葉でも、身体でも。もちろん今までも伝えていたって思うけど、もっと、もっとね。特別な感じっていうか。それこそ宇宙人もさ、いいタイミングで来たと思うような『愛』を見せてやりたいよね」
「……それ、最高の殺し文句ショ」
の右手に左手を重ねる。そのまま軽くキスをする。何度も。何度も。薄く目を開けるとと目が合った。それを合図に舌を絡める。クハ、互いにポカリの味がすんな。
おいスズメ宇宙人、外で見てるかよ? それとも二回目のほうにしたか? 最後の三回目かもしれねェな。落ち着かねェ。けど──いつ見られてるか分からねェなんてスリル、オレには快感でしかないぜ?
オレの煽りに応えるように、窓の外でスズメが鳴いた。